Story

2044.10.28 17:06

 「と、そんなことがあったんですよ」
 へー。と言いながら、男の子はランドセルを床にどさっと置いた。
 「またですか。ランドセルは机の横に」
 男の子は口を尖らせながら渋々ランドセルを持ち上げて聞いた「それにしても、せっかく買い物までしてきてくれたのに、ちょっとひどいよね」
 「そう思うでしょ、でもね…」
 ランドセルを運ぶ男の子の後ろで、その声は話を続けた。
 あの夜、マユが玄関についてすぐ、彼が家の外まで来ていたのを知っていたこと。彼にマユの安全を伝えようと、部屋の灯りで知らせたこと。あの材料は翌日二人で料理して食べたこと。
 「そうだったんだ。なんだか大人って難しそうだね」
 「そういえば、今日のテストも難しかったようですね」その声は少し意地悪に言った。
 「あ。そうだった…」
 「もうすぐママが帰ってきますよ」
 「どうしよう。あんなの見せられないよ」
 「わたしは聞かれたら正直に点数を伝えますからね」
 「うーん。じゃあ、ママが機嫌良くなる方法でも教えてよ〜」

 かつてマユに“AI”と呼ばれていたそれは考え始めた。
 落ち込んだら聴く音楽―
 いまだに大好きな食べ物―
 今も大切に残している香り―

 その他にもたくさんのことを思い出していると、マユが買い物を終えて帰ってきた。
 マユは仕事の電話をしているようで、小さい声で「お願い」といって荷物を渡してくる。
 受け取った買い物袋をキッチンへ運ぶ。以前ならこんなことはできなかったが、今はマユに触れることさえできる。実際に肩に手を置いて元気づけることだってできるようになった。

 そんな手も、最近はこの男の子に引っ張られていることが多い。
「ねえ。早く教えてよ〜」掴まれた腕を大きく揺らされながら、買い物袋を覗き込んで少し考えた。
 「ご飯を食べ終わったら、すぐにお皿を洗ってみるというのはどうですか」
 「それでテストを見ても怒られないの?」
 「まさか、そんなことはないでしょうね」
 「じゃあ、それで何が変わるっていうのさ」

 「少し先の未来が良くなるかも」
 ミートソースの材料を取り出しながら微笑んだ。