Story

2030.9.1 10:16

 遠くで工事をしている音と一緒に秋を感じさせる風が部屋に流れ込んでくる。少しだけ開けた窓からは、気持ちよく晴れた空が見えるのに、天気予報では台風の接近を伝えている。
 「本当に台風来るのかな」マユが窓を閉めながら聞く。
 「なんか雨が凄くなるっぽいですね」
 「ざっくりしすぎ。もうちょっとAIっぽく言ってよ」
 「マユさんがもうちょっと普通に話してって言ったんじゃないですか」
 「そうだけど、それにしてもさ」そういいながらマユはベッドに潜り込んだ。
 「この地域の本日の天気は、このあと12:49から曇り始め、15:12には1mmの雨、17:20には20mmの強い雨に…」
 「あー、わかった。午後は雨ってことね」
 「そう言ったんですけどね。それに、今どきAIっぽいってなかなか言わないですよ。正式には私はAIではなくてですね…」
 「あぁー、それもわかってる。わかったわかった」マユは体を小さくまるめて布団の中にすっぽりと入ってしまった。
 「マユさん。昨日もそうやって1日中ベッドで過ごしてたんですよ。今日は外にでも出てみたらどうですか?まだあと5時間程は雨も降らないですし」
 「やだ。寒いし」
 「では、部屋の片付けはどうですか?ここ数日お皿も洗わないままですよ」
 「そんな気力あったらもう起きてる」
 「では、誰かとお話しすると元気が出るかもしれませんよ。電話繋ぎましょうか?」
 「今もう話してるじゃない」

 そのまましばらく沈黙が続き、かすかに届いていた工事の音も、いつの間にか聞こえなくなっている。
 「マユさん」
 「もういいってば」少し苛立った声が布団の中から響く。
 「いえ、そうではなくて、たった今玄関に荷物が到着しました。どうやら緊急の荷物のようです」
 「え、なんだろう」
 ごそごそと布団の中から這い出て玄関へと向かうと、宅配ボックスの中に小さなダンボールが届いていた。
 リビングに戻りダンボールを開けると、中には見覚えのある小さな瓶。
 マユは「あっ」と言ってソファの横にあるサイドテーブルを見た。そこには、今手に持っているものと全く同じ緑色の瓶がある。彼が以前に一度だけプレゼントしてくれた、すごく知っているのに特別に感じる香りのするフレグランスの瓶だ。慌ててダンボールに貼ってある送り主の名前を確認したが、そこには通販会社のロゴがあるだけだった。

 「すみません。びっくりさせて」リビングのスピーカーからいつもの声がする。
 「マユさんからお預かりしている予算から、プレゼントをしてみました」
 マユは「え、いや」と戸惑っている。
 「もちろん、一番安い価格で買いましたので、ご安心ください」
 「いや、そうじゃなくて」マユは手に持った瓶を見つめたまま、小さな声で言った。
 「すみません。ここ最近のマユさんを見ていて、あまりに心配だったものですから」
 「うん」
 マユはソファに腰掛けると、瓶の蓋をそっと開けた。
 あの香りがマユを包み込む。心の奥に閉じ込めていたものが一気に押し寄せてきて、サイドテーブルの空っぽの瓶を手に取り、思わず胸の中で抱きしめた。

それからしばらく、マユは2つの瓶を抱えてソファでじっと目を閉じていたが、突然すっと立ち上がって言った。
 「散歩でも行こうかな」
 「もうすぐ雨が降ってきちゃいますよ」
 「そうか、じゃあ部屋でも片付けるか」そう言ってキッチンへ向かった。

 「ねえ」
 マユがシンクの前で宙に向かって話しかける。
 「どうしました?」
 「お皿に染み付いたミートソースの落とし方教えて」
 「わかりました」
 「あと…」
 「はい」
 「ありがとう」

技術解説

wellvillが開発を進める〈日本語対話エンジン〉や〈感情分析〉を応用した技術は、いわゆるAIと呼ばれるものとは性質が異なります。
テクノロジーが人と人を遠ざけるのではなく、人と人が関わり合うことで世の中をより良くしていくことが私たちの使命であり、そんな気持ちや行動のサポートをしていくことで、AIを越える存在として未来の世界で共存することができる技術を研究・開発していきます。

自分でも気づかないうちに忘れかけていることに気づかせてくれる。そんなテクノロジーとの関係も、少し先の未来では当たり前になっているかもしれません。