Story

2030.8.27 17:42

「すみません。よくわかりません」
 優しいけど少し傷つく部長の声を思い出しながら歩く。

 川沿いから見える鉄橋越しに、オレンジ色に染まったビル群が並ぶ。きらきらと反射している窓のうちのどれかひとつ。そこにマユの勤務するオフィスがある。

 まだ入社して間もない頃、自宅に帰る途中で、この川沿いから夜のビルを見るのが好きだった。うまくいかないことばかりだったけれど、未来の輝いている自分の姿を想像して、お気に入りの曲を聴いた。
 水滴が落ちているようなピアノの音から始まる曲で、ボーカルが歌い始めると一気に世界が明るくなった。長い英語で曲名も覚えていなかったけど、勝手に“水滴”と名付けて、ここぞというときにだけ聴いた。

「結論からお願いしてもいいですか?」
 部長はいつだって優しい口調で聞いてくる。もちろん、結論から言えるなら言いたい。でも、求められるのは正解としての結論だ。間違いは認められない。正解だけを答える仕事だ。

「ねえ」
 マユは宙にむかって話しかけた。
「さっきのはなんて言ったら正解だったのかな?」

 イヤホンからいつもの落ち着いた声が聞こえてくる。
「はい。先程の場合、部長ヘ『10分ほど時間をいただきたい』と、先に述べるべきでした。正確には、『15:22から13分を確保させていただきたい』が正解です」
「そうか~。相変わらず正確だね。でも、ちょっとだけ別の相談がしたかったんだよね。だからそのへんは流れを汲んでいきたいっていうか、雰囲気でさ…」
「流れを汲めるかどうかはマユさん次第ではありますが、本日の部長のスケジュールや過去の行動から考えられる結果としては…」
「わかったわかった!もういいよ」
マユは言葉を遮ると、顔を上げた。あたりはすっかり暗くなっている。

「向いてないのかな、この仕事。」
 遠くのビルの灯りが、涙でぼんやりと滲んでいく。
 いつもはすぐに聞こえてくるはずの声が聞こえない―。

「ねえ、正解を教えてよ。なにか答えてよ」

 イヤホンから聴こえてきたのは、水滴の音だった。

技術解説

「この場合はこう答える」を繰り返す。これが現在の〈会話型AIアシスタント〉の姿です。
wellvillが開発中の〈日本語対話エンジン〉では、例えば飲食店での注文において「○○のやつ」といったあいまいな言葉も分析・対応が可能になります。
この技術の一部は「Aiアバターレジ」として2020年10月より実証実験を開始予定です。

言葉の奥にある意味を汲み取り、返答の代わりにそっと曲をかけて元気づけるなんていう未来はすぐそこまできているかもしれません。